2/24/2008

現実感ってなんだろう

日常ってなんなんだろうか.日常の描写って難しい.住む地域,受け取り手の相異によって大きく変わる.たしかに人の話を聞いてそんなことあったなあと思うことは良くあってみんな同じようなことを体験しているのだろうけど,日常の描写という点では少数派の日常,偏った日常といったものを表しているのではないかと思う.それはある種の実際の記録ではない場合はなお激しい.物語って日常的な方が作り物っぽくって.町並み,店,そして人,何もか今リアルタイムで感じている現状と大きく異なっていると感じる.最近ある種の実際の記録ではない場合に若干どっぷりと浸っているからよけいに.そんな現実から逃避したい気持ちもあるのだけど,哀し,いや喜ばしいことに一人でいることが多いからそんな現実でボーっとしたりいろいろと無駄に思考したりして一人現実の海に漂うのも楽しい.見渡す限り現実なことに何回も気づかされたりして一人盛り上がったりして.結局僕は一生を駄目人間で過ごすことになりそうだなあ.
ブランコの話題でわがグループは盛り上がった.第二友人はブランコのよさが分からないというし,第三友人は小学生の時だけだったとか.だしかに自分も最も盛り上がっていたのは小学生のときだったのだけど.それは建前上の問題であって今でもブランコで激しく気持ちを高めることができる.そんな話をしたら結構引かれた.自分は幼少期からよくあることが合ったので(マンションのかなり上のほうで幼少期を過ごすなど)でどうやら人格が若干うまく構成されていないらしい.これは医者に見てもらったわけではないし大げさな話でもなく.家庭科の先生と自分のかってな判断なのだけど.そのせいかたわいもない子供の戯れに燃えるえてしまうみたい.まあ簡単に言えば子供っぽいのだ(始めからそういえば良い).ただかなり低年齢のようで,サッカー,バスケットは嫌い,鬼ごっこ,紙飛行機,大根抜き,NHKの夕方の番組の内容が好きと自分の傾向からすれば単純なものが良い.中高学校のグラウンドにはなぜ遊具がないのか,野球とサッカーとバスケットしかすることがないのか,たわいもない遊戯に興じては駄目なのか.これだから図書館しかいくところが・・・まあ紙飛行機とか数人で結構戯れていたけど.いま思うと痛かったかな,でもあの頃とそんな欲求は変わっていない.もし今のグラウンドが小学校のようだったら自分の欲求を抑えることができないかもしれない.そういえばちょっと前の行事の時のシーソーとかアスレチックにみんな燃えていた気が・・・おそらくみんななんだかんだいって子供っぽいのだと思う.
課題に今日も手を付けていない.大変だぞ.

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